宇佐先生の森田療法(不問の森田療法)の特徴

 

■自分の症状を「自分で治そう/自分で治ろう」としてはいけない。(そもそも治そうとすればするほど、治らずに苦しむのが神経症ですが…。)

 

 森田療法とは「本当に」治さない療法なんです。自分の症状が治らないままに/治さないままに、そもそも『症状がある/ない』という問題意識そのもの、自分で自分に課していた長年の宿題そのものから解放されることが出来ます。

 

■「自分の心に課題なし/宿題なし」、「自分の症状に課題なし/宿題なし」

 

■「心に用事なし/自分の症状に用事なし」

用事があるのは(考えて取り組むべきこと)は、ただひたすらに今目の前にある毎日の日常生活(自分のやるべきこと)だけです。

 

■心の中の問題(各種の症状や不安や恐怖など)については、常に意識は「お留守」で結構!

自分の症状や不安・恐怖など、自分の心の空模様については、そもそも「考える・分析する・観察する・把握する」必要がなく、人間のそういう知的な働き・思考力は、常に、自分の心の外の問題(目の前の今やるべきこと・日常生活)に対してだけ使って下さい。

 

 

↓↓[重要] 宇佐晋一先生の代表的な名言で「(人間の)知性は、精神の外部機構」というものがあります。また、この言葉は「(人間の)知性は、自分の外部機構である」と換言しても良いと思います。

 

※しかし名言と言ってもこれは、ものの見方・ものの考え方・捉え方・上手な言い回しなどではなく、「人間の真実」を完全に見抜いた表現です。ですかで、どんなに意志の強い方であろうと、どんなに頭の良い優れた方であろうと、禅的森田療法に否定的な方であろうと、人間である以上は避けることは絶対に出来ないという「事実」について言い表した言葉です。

 

 

 これは、人間の知性(考えるなどの知的な働き)は、本来、自分の心の外側(自分を取り巻く環境や、日常生活など)のことに対してだけ使うべき「優秀なはたらき」であって、非常に有力な武器であるが、その反面、自分の心中の問題(自分の症状や、不安や恐怖、迷いなど)に対して、それを克服しようとして使ってしまうと全く役に立たない。それどころか、自分に対して牙を向いてくるとも言え、まさに諸刃の剣である。使う方向を間違ってはならない、という意味です。

 

■心の中や自分の症状については、「全てあるがまま、おまかせ!」。自分の症状を自分で解決しようとしてはいけません。

 

■自分の心中(自分の症状)を、自分で観察する必要がありません。/自分の心中(自分の症状)を、自分で把握・認識している必要がありません。

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